広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)132号 判決 1950年12月18日
控訴人 被告人 鎌沢一誠
弁護人 油木巖
検察官 赤松新次郎関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人油木巖の控訴の趣意は別紙控訴趣意書記載の通りであるからこれに対し当裁判所は次の通り判断を与える。
第一点について。刑事訴訟法第二百三十一条第一項に所謂法定代理人の独立告訴権の性質については学説の岐れるところであり、有力な反対論はあるが当裁判所としては右は被害者の意思如何を問わず又その権利の消長如何に拘わらず行使し得る自己固有の権利であつてその本質において本人の権利を代理するものではないと解する。さような見地に立てば刑事訴訟法第二百三十六条に「告訴をすることができる者が数人ある場合」とは本件の場合のように未成年者たる本人とその法定代理人たる父と二人ある場合をも包含すると解せられるから同条によりたとい本人が告訴期間の徒過により告訴権を失うも父において期間の徒過なき以上その告訴権を失わないのである。所論はこれと反対の見地に立つて原判決を攻撃するものであつて論旨は採用できない。
第二点について。本件訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠により窺知し得る本件犯行の方法状況被害の状況被告人の平素の行状その他一切の事情を考慮し弁護人所論の被告人に有利な事情をも彼此考量するも原審刑を目して酷に失するとは言えないから論旨は採用できない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判長判事 平井林 判事 久利馨 判事 藤間忠顯)
控訴趣意書
一、原審判決ニハ法令ノ適用ニ誤リガアル。
本件ハ事実ニハ爭ガナイガ公訴ノ前提要件デアル告訴期間ノ問題ニツキ誤謬ガアル。何トナレバ刑訴二三五条一項本文ハ告訴権者ハ犯人ヲ知ツタ日カラ六ケ月経過シタ時ニハ之ヲナスコトガ出来ナイノニ対シ足立冴子ノ告訴状を提出シソノ根拠弱シトスルヤ父信壽ノ告訴状ヲ提出シタノニ対シ検察官ハ第二三六条ヲ提示シテ之ヲ有効デアルト云フ論拠ニシタノデアル。然ルニ本条ハ告訴ヲスルコトガ出来ル者ガ数人アル場合ト云フノハ告訴権ノ代理行使権者ガ数人アル場合デナク固有ノ告訴権ヲモツ者即直接ノ被害者ガ数人アル場合ヲ示スモノデアル(即一犯罪ニヨリ数人ノ法益ヲ害シタ場合)(同旨団藤綱要改定版同氏条解刑訴法)。
之ハモトヨリ両親ガ、父ガ知ラナカツタノダカラト云フ意味デアルナラバ父ハ法定代理人トシテ代理告訴権者デアル。被害者ガ年令未熟ニシテ是非弁別ナキ意思能力ヲ有セザル者デアルナラバソノ権利ノ喪失ヲ補完スルト云フ見解モタツデアロウケレドモ少クモ本件被害者ニ於テハ然ラズト云フベキデアル。
本人ヲ前提トスル代理人デアツテ本人の告訴権ガ喪失シテ居ルニ拘ラズ代理行使権者ガ知ラザルガ故ニ告訴権ヲ有効ニ保持シウルト云フ法的構成ハ絶対ニ成立セザルト共ニ万一之ヲ認ムルトセバ刑事司法権ハ発動ヲ長ク個人ノ意志ニ繋ラセルコトガ不都合デアルト云フ第二三五条一項ノ立法主旨ハ全ク破壊セラルルコトトナルノデアリ、之ハ新法ガ現在告訴ノ取消ガ公訴提起迄シカ許サレナイノト平衡スルモノデアルト云ハナケレバナラナイ。然ルニ原審ガ右被害者ノ父信壽ノ告訴ヲ被害者自体ノ告訴権喪失後ニ猶第二三六条ノ解釋ヲ誤リ且ソノ誤リニヨツテ有罪ノ判決ヲナシタルモノデアツテ到底破棄ヲ免レ得ザルモノデアル。
二、原審判決ハ仮ニ右(一)ニ於テ誤リナシトスルモ刑ノ量定ガ不当デアル被告人ハ公判廷ニ於ケル供述調書ニ於テ明ラカナル如ク父ハ三年前ニ死亡シ、母ハ病身ニシテ常ニ病褥ニアリ妹二人ト弟一人ノ家族ニシテ七段ノ畑、乳牛ヲ一頭有シ一切被告人ヲ中心トシテ一家ノ生活ガ営マレテ居ルノデアツテ、若シ本人ニシテ服役ノ事アラバ忽ニシテ一家生計ノ途ニ迷フハ火ヲ見ルヨリ明白デアリ、被告人ハ前科ナク同種犯ニヨル他ノ被告人四名ガ凡テ公訴棄却ノ判決ヲウケ新刑訴法ニヨリ強姦致傷事件ニヨリ勾留中追起訴ヲウケルタメ被害者ニ対シ慰藉ヲ尽シ得ザルガタメニ謂ハバウケタル事件ニシテソノ情ヲ見ル中ハ原審ノ刑過重ニ過ギルノ感アリ宜敷シク之ヲ破棄シ執行猶予ノ寛典アリテ被告人ノ厚生ヲ計ルベキモノデアルト信ズル。